この記事の執筆者
この記事の執筆者
太田垣 章子
所属
職業 司法書士・賃貸不動産経営管理士
家主側の訴訟代理人として、延べ3000件近くの悪質賃借人明け渡しの訴訟手続きを受託してきた、賃貸トラブル解決のパイオニア的存在。
住まいのトラブル解決だけでなく、終活・相続サポートにも従事。実務だけでなく、講演や執筆等で積極的に発信もしている。
通称:あやちゃん先生
大家さんから「高齢の入居者さん」についてのご相談をよく聞きます。
「貸すのを躊躇する」とおっしゃるのですが、では今の入居者の年齢を把握されていますか? 現在60代の賃借人は、基本的にはもう退去しません。そのままずっと住み続けることになります。あと10年もすれば立派な高齢者です。新たな入居者が高齢者ではなく、今住んでいる方も確実に高齢者になるのです。
この記事の内容
60代の賃借人は、貸してくれるとことが圧倒的に少なくなる、引越しが億劫になります。引越しするだけの体力、地力、財力が減ってくる上に転居先が見つからなければ、引越ししたいという思いがあったとしても当然そのまま住み続けることになってしまいます。
ここで問題なのが、住み続けられるだけの財力があるかです。実例を挙げてお話しします。83歳の賃借人が滞納した案件です。
この男性入居者は、物件に新築当初から30年以上住み続けていました。ここ数年、賃料の支払いが遅れたり、払われなかったりを繰り返し、気がついた時には家賃の1年分くらいの滞納額になっていました。お家賃は11万7000円。高齢者が一人で住むには、高い金額です。
まずここで、家主側は入居者の年齢を把握していませんでした。
入居者は長いこと住んでいて、1~2年前までは家賃をちゃんと払ってくれていたのでノーマーク、放置状態だったのです。
一方入居者は、72歳までタクシー運転手として働きました。仕事している間は、給料で払えていました。ところが仕事を辞めてからは、年金と貯金だけが頼りです。年金の額は10万円。家賃より少ない額です。引退直後は、不足分を貯金で補っていたのでしょう。そうして貯金が底をついてきてしまった、それで滞納が始まった。という流れのようです。
ご自身の物件をイメージしながら、大家さんに考えて欲しいのです。
一般的に11万7000円の物件の家賃を生涯払い続けられる人って、どのような属性の方でしょうか? 少なくとも手取り20万円以上の収入がないと厳しいですよね? 家賃は収入の3分の1という原則に戻れば、30万円ということになります。
現役世代や共働き世帯なら、大丈夫かもしれません。一方単身の高齢者となると、どうでしょうか?
月々30万円の年金受給者って、極一部ですよね。あるいは生涯払い続けるだけの貯金を数千万円持っている人は、賃貸物件に住んでいるでしょうか? もちろん中には賃貸派の人もいるかもしれませんが、ある程度の家賃を払える方々は会社の経費等が使える人たちではないでしょうか。
そう考えると高齢者で11万7000円の家賃というのは、払える人はほとんどいないという結論となります。だから今回の滞納トラブルは想定外のことではなく、当然に起こるべくして起こった事案なのでしょう。
ここに大家さんがどれだけ早くに気づいていたか、それがポイントなのです。
今回は悲しいかな、滞納額がかなり溜まってからのご相談で、結果として明け渡しの裁判、強制執行という流れになってしまいました。
部屋の中は30年以上の生活で増えた荷物と、片付けられないために溜まってしまったゴミ。それに群がる虫やら小動物やら……。目を背けたくなるような恐ろしい光景でした。
入居者の方も手続きが入って認知症が一気に進んだのか、もはや一般の賃貸物件での生活は無理と判断し、福祉の力を借りて清潔なケアハウスへの移転となりました。
家主側は滞納分の回収をすることは厳しい状況でしたが「室内で事故になるよりは良かった」と退室に胸を撫で下ろしていました。
本人はここに至るまで、転居先を探したこともあったそうです。ところが年齢とお身内の緊急連絡先がないということで、断られて借りられませんでした。そうして気がついた時には、引越ししたくてもできない、貯金もなくなり、家賃を滞納するようになってしまったということです。
このような悲しい結末は、珍しいことだと思いますか? それともよく考えたら「確かにそうかも……」と思えることでしょうか?
本来は賃借人側がきちんと人生設計をして、身の丈にあった物件に早めに転居すれば良いことなのです。ところが人は易きに流れてしまうもの。特に高齢期になると、老いを認めたくないという思いと体の衰えも加わり、日々の生活で精一杯となってなかなか逆算して行動ができなくなります。だからこそ大家さん側で、入居者の状況を見極めてあげて欲しいのです。
このまま払い続けられるのか、どこかで滞納となっていくのか、はたまた生活保護受給ができれば大丈夫なのか……。
もし見極めて「大丈夫でなかった」場合どうするのがよいかは、次回のコラムでお伝えします。
最近は家賃保証会社が当たり前となり、何かことが起こるまでは家主側が入居者に思いを巡らすことも少なくなったかもしれません。
でも思い出してください! 日本は超高齢社会です。入居者は、必ず高齢になります。今からきちんと備えておけば、悲しい結末は避けられます。ぜひ入居者の状況を把握してみましょう。
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